身体調整の実際
ある違和感の正体
たとえば、女性特有の、子宮に固まりができるある病気をもった方。
(「病名」はさして意味がないのと、それを対象とした「治療」行為をしているのではないのでここでは伏せておきます)
だいたい1年くらい前から、体調の悪い時に時折来訪していただいている方です。
「今日は、どんな感じですか?」…といった感じから身体調整に入るのだが……。
「腰と股関節と……」と、いまの自分の状態をモニタリングしてもらうなか、やはり(ボクが)感じる、ある違和感がある。
それは、これまでに何度も直感した感覚。
いってみれば「カン」ともいえるものだが、その感覚にしたがい、若干ぶしつけなのを承知のうえでこう質問した。
「以前、どこかに頭かどっか、ぶつけたことないですか?」
あまりに唐突なこの質問に、その方は多少面食らったようだったが、ひと呼吸おいて「わかりませんが、あると思います」とのお答えをいただいた。
そう、人はいきなりこのような質問を受けても、だいたい通常はあいまいにしか答えられない。
奥底にある記憶にアクセスできるように、こちらが導く必要がある。
そこから調べていくなかで、幼い頃からよく頭をぶつけていたことなど、記憶のなかから掘り出されてきた。
掘り出すとはいっても強引に直接的に聞き出すのでなく、あくまでも「自然にそこにつながる」ように、一見するとまったく関係のないような会話のなかで、そこに結びつけていく。
そうしながら、そのダメージが蓄積されている脳の部位を突きとめて、そこに焦点を定める。
……数分後、「痛みが消えている」ことを、その方には自覚していただいた……。
「自動的」に改善するシステム
これは、【TAMURATIC】の〈エネルギーコンディショニング〉を使用した調整例ですが、実際にこのようなケースは多くあります。
このような場合は、この「打撲」エネルギーを処理できるようなエネルギーを生み出せるよう身体に働きかけることで、身体が「自動的に」それを処理し、望むような瞬間が訪れてくれることになります。
それによってその場で「子宮の固まり」までが消失したワケではありませんが、沈澱したエネルギーによる無意識のストレス、また脳への影響は相当甚大だったはずなので…好影響へとつながったようです。
あ、念のため、「治療」行為ではなく、あくまでも“「調整」した結果、「自動的」に身体が処理し始める”ということですので、お間違いなく。
カラダの自然なつながりを活かす
50代の女性。
「どうも最近、脈がおかしくて…。」
「突然強くなったりするんです。」
「そうですか。じゃあ、早速調整に入りましょうか。」
脈の異常といっても、ただ単純にその安定を図ればいいとはボクは考えない。
身体が何かの不都合を起こしている場合、「そこ」がそのまま単体で悪い、という場合はそう多くはない。
その不都合は、だいたいは他からの影響で「結果として」生じているに過ぎない。
「脈」というのは、見方を変えれば「リズム」。
であれば、その「リズム」を狂わせる何かの理由が、どこかにある。
調べて行き着いたのが……心臓の右心房という部位。
そこがいってみればくたびれてしまっているようだった。
また、経絡系の流れが停滞していることも判明した。
焦点を定めて、調整。
調整は、「悪いところ、弱いところ」を直接対象とするのでなく、「いま現在調子のいいところ、強いところ」を対象とし、それをより活発化することで「悪いところ、弱いところ」の改善を図っていく、というのが〈身体調整〉の特長のひとつ。
つまりこの場合でいえば、疲れている「心臓」にアクセスするのではなく、より元気なほかの部位のエネルギーを活性化して、心臓が回復するのを後押しするようにカラダにはたらきかける。
それにより、結果として心臓にスイッチが入るのです。
くたびれているのなら、なるべく動かさず自然に回復する方がいい、という発想から、このような手法をとっています。
カラダは、すべてがお互いにつながりをもって活動している。
これは、東洋医学の大前提。
そうであるなら、そのつながりを活かすことを考えればいい。
今回の場合も、そのセオリーを活用し、調整させていただいた。
「ずいぶんと、心臓に負担かかるようなこと、あったみたいですね……。」
「はい。このところいろいろと……。」
「もうその『いろいろ』で疲れた心臓は、回復できたようですよ。」
この件では2度ほど来訪いただいた。
その後の来訪時に、同様の不調を訴えられたことは…いまのところありません。
視点を変えると…
30代の男性(「来訪者の声」参照)。
彼は最初のころ、付き添いが必要なほど弱っていた。
背中はガチガチに固まり、表情もなく、動くことすら大変そうだった。
「心のカゼ」といわれる病気を抱えている彼に施したボクの調整は、いたってシンプル。
「カウンセリング」?……必要最低限しか、していない。
「催眠誘導」?……した記憶がない。
「エネルギー心理学」……使った記憶がない。
主に「背骨」を使って身体に働きかけた、つまり「身体」へのアプローチのみ。
あとは、「朝の散歩」やヨガ的な、いくつかの体操の指導くらい。
「これだけは、やっておいてくださいね」と、約束を交わした。
彼が素晴らしいのは、そういったボクとの約束を破ることなく、日々こなしていたこと。
この物事に取り組む姿勢が、現在へとつながったことは間違いない。
それが「心」の問題であっても、活躍する舞台は「身体」を通すしかない。
「身体」が変われば、「心」も変わらざるをえない。
たとえば、コインには必ず「表」があれば「裏」がある。
そのそれぞれに、それぞれの柄や模様がある。
「表」だけ見ていたら「裏」はどうなっているかわからないけれども、ちょっとひっくり返せばその全体像を見ることができる。
カラダも同様。
視点を少し変えることで、観えてくる世界がある。

